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対談: 小売業界のDXと未来を考える

対談: 小売業界のDXと未来を考える

COVID-19の影響は、それまで時間をかけて少しずつ進んでいた小売業界の変化を短期間で大きく推し進めることになりました。2024年現在の小売のDXの課題と未来について、ゼレンホールディングスCEO和田千弘とシニアアドバイザー及川直彦が語ります。

和田 今回のテーマは小売のDXです。小売業界はこの20年以上、デジタル化の流れの中でさまざまな挑戦をしてきていますが、デジタルトランスフォーメーションの本来の意義をまだまだ達成できていないと思っています。

及川 そうですね。DXによって解こうとしている課題は、現場の課題であると同時に経営の課題であり、業界の構造の課題に繋がっています。そこで、小売業界を構成するそれぞれのステークホルダー、つまり消費者、リアル店舗、EC、本部などのそれぞれについて、どのような課題をデジタル化によって解くことができるのか、考えていきたいと思います。

リキッドな消費者

和田 まずは消費者です。店舗であれECであれ、消費者の関心を惹きつけておくことがどんどん難しくなっています。多くの小売企業が、データに基づいて広く深く消費者にアプローチしたいと考えていて幅広い施策を試みていますが、特に店頭でのデジタルによるアプローチについては、実際にはこちらが期待するほどには消費者は見てくれないということが起きています。

及川 常に大量の情報にさらされている消費者は、店舗の実際の購入の場で悠長に時間をかけてくれないですね。もちろん、小売店の業態や扱う商品の関与度によって消費者が使う時間にある程度の違いはあるとしても、店頭でわざわざアプリをチェックしたりタブレットを操作したりという手間をかけていただくのは難しい。

ゼレンホールディングス 代表取締役社長
グループCEO 和田千弘

和田 店頭で働きかけるのでは間に合わない。だから、リアル店舗に来る前に伝えないといけない、あるいは、買った後でフォローアップしなければならないのです。

及川 一方で、購入前に情報収集するのとは別に、買った後に同じ商品を買った人の感想を検索したりSNSで共有したりして納得感を得る人は多くいます。「自分はいい買い物をしたのだ」という確認をしたい。

和田 購買データに基づいてパーソナライズしたリコメンドを提供することは重要ですが、タイミングや提供の方法についてはまだまだ改善の機会があり、素晴らしいと感じる事例は多くありません。たとえば店舗で購入した顧客へのフォローアップメールやアプリ内リコメンドによって関連商品のオンライン購入に導くというシンプルな施策ですら、着実に実行している企業は少ないのです。

及川  気まぐれで移ろいやすい消費者像というのは、青山学院大学の久保田教授が研究しておられる「リキッド消費」という概念がこうした消費者のあり方をよく説明しています1。「短命性」「アクセス・ベース」「脱物質」という特徴があり、これは例えば、「短時間で興味関心が移行する、長く愛着を持たない」「所有に固執しない」「モノよりコトを志向する」といった行動に表れています。こうした現代的な消費者に対しては、裾野を広げ徹底的にタッチポイントを増やす戦略と、包括的なサービスによって生活に溶け込む戦略が有効ではないかとされています。前者に対しては、購買行動データに基づくターゲティングが、また後者には、複数社が連携したエコシステムの形成とそれを可能にする連携技術が有効ではないかと考えられます。

柔軟な店舗

和田 次は店舗についてです。

及川 オムニチャネルの事例として先駆けとなったもののひとつが無印良品のMUJIパスポートですね。オムニチャネルの施策では、リアル店舗にメリットがなければ協力体制が十分に実現できません。MUJI Passportの施策では「顧客のニーズに合わせたシームレスな買い物体験を提供する」ということが正しくリアル店舗の売上にもつながることを示して、説得していきました2

和田 店舗自体の多様化もまだまだ未開拓です。消費者の早い変化を受け止めて利益に結びつけるには品揃えと棚割りにおいて多様性と柔軟性が必要です。地域性を生かした棚割りにも、店舗への権限委譲が必要になってきます。しかしながら棚割りを一定程度店舗に任せるとしても、店舗側にそれをできるだけの情報やスキルがなければ機能しないのです。これまでにも、店舗の自由度を上げようとしたものの「自分たちには使えるデータもなく、勘でやるのでリスクだけ取ることになる」という悲鳴が店舗から上がった例を見てきています。

ゼレンホールディングス シニアアドバイザー 早稲田大学ビジネススクール客員教授 及川直彦

及川 そうすると重要なのは、店舗にとって有用なデータを店舗が使いやすい形で得られるようにする、そうした店舗支援の仕組みということになりますね。AIを活用した棚割り、需要予測と発注の自動化といったことが期待されますが、導入して使いこなせるための枠組みづくりが必要です。オペレーションについてはどうですか?

和田 在庫管理やシフト管理のAI導入、ロボティクスによる作業自動化などは低コスト化も進むので可能性は高いですね。デジタルテクノロジーの活用では、店舗があらゆる局面で柔軟性を持つようにするために、従来のオペレーションの常識に切り込んでいく議論が必要です。

本部のマインドセットチェンジ

及川 本部機能について考えてみましょう。小売企業の本部は、一方に店舗とその向こうの消費者、もう一方にサプライヤーと向き合う中枢として、変化の早い事業環境に対応するために、トータルシステムの構築をリセットする勇気が求められいます。

和田 たとえば生成AIを活用してカスタマーへのアプローチを非連続的に高めるアイデアは沢山あるのに、「消費者はそこまで求めていない」という間違った思考で止まっている本部が多いのです。オムニチャネルの次には、ひとつのプラットフォームで包括的に顧客のデータを捉えて施策を具体化することが求められますが、縦割りの組織で部署ごとに部分的なデジタル化を試みてきた、といったことから複数のプラットフォームにデータが分散したままになっているケースも多いのです。そうした場合、包括的に顧客を理解するという目標に組織全体が向かっていくためのリセット的な取り組みが不可避です。

及川 在庫とサプライチェーンの最適化に関しては、需要予測に対するAIと機械学習の活用への期待が大きいと感じます。機械学習によるパターン認識で予測モデルの精度を高めることによって意思決定を支援するといったアプローチです。

和田 需要予測は、すぐに成果がでなくても継続していくことで精度が上がっていくので、大きな戦略の中に位置づけて長期的に取り組むことが重要ですね。

及川 サプライヤーとの関係においては、米国のウォルマートがAIを活用して調達交渉の自動化を行った例が興味深いです。COVID-19の影響下で対面での交渉を回避するために始まった試みですが、今後どう広がっていくか注目したいです。

和田 日本の小売企業でも多くがグローバル調達を行っていますが、交渉やモニタリングについて自社で客観的にコントロールできているところは少なく、最適化の余地は大きいと感じます。

及川 ブロックチェーン技術を用いた食品トレーサビリティも導入する企業が増えています。早期に取り組みを始めた例としてフランスのカルフールがあります。これは販売する商品の原材料や加工、流通を可視化するもので、小売企業とサプライヤーの互恵的な関係を高めることにつながると考えられます。

和田 消費者から小売を介してサプライヤーに届く情報の流れができるという新しい可能性ですね。

そして「小売はおもしろい」

及川 ここまでさまざまな小売のDXによる未来の可能性を見てきました。強く感じるのは、企業の組織の柔軟性と、業界を構成するステークホルダー間の連携の重要性です。経営者がDXの旗を振っても、外部から個別のソリューションを取り入れるだけではこれは実現できません。

和田 結局のところ最大の問題は、小売業界にテクノロジー人材が不足していることにあるのだと思います。こうした人はこれまで小売業界にはなかなか入ってきてくれなかった。ピンポイントでテクノロジーを使って業務を効率化して、それで利益が少し増えたといって喜ぶのではなく、得られた資金を先進的なテクノロジーをフル活用できる専門人材の獲得に使っていくことが必要です。

及川 そうして採用した人がモチベーションを保って力を発揮するためには、柔軟な組織構造を構築することが求められます。それからもう一つ、社会的責任を果たす良き企業であろうとする姿勢を示し、事業に反映させていくことも不可欠です。社会課題への取り組みに対して社員が自分自身のスキルとリンクさせて貢献できる場合、さらに組織へのエンゲージメントが高まるといった研究もあります3

和田 業界構造への大局的な視点があってのDXなので、小売はそのようなおもしろい仕事ができる場所であるということを見せてテクノロジー人材を呼び込み良い循環を作っていくことが、小売のDXを前進させる鍵だと思います。